| 韓国出張鉄紀行 会社の出張で、韓国に行く事になった。 運が良ければ休日に乗り鉄ができるかも知れないので、事前に多少乗り鉄の準備をしてから3月17日に新潟を出発した。 韓国予備知識 突然韓国の乗り鉄記をUPしても、解説無しでは理解できないと思うので、韓国での生活などを説明します。 通貨 韓国の通貨はウォンで、1円=9ウォン前後だった。観光地などでは日本円が通用し、少額の場合は1円=10ウォンと換算しても問題無いようだ。硬貨は10、50、100、500ウォン。紙幣は1000、5000、10000ウォンがある。仁川空港で5万円両替したら10000ウォン札が45枚程になり、金持ちになったような気がした。 言葉 韓国は韓国語で文字はハングル文字と一部漢字が使われている。太平洋戦争前は日本が統治していたので、老人は日本語が話せるとの事だったが、今回は日本語が話せる老人は見かけなかった。漢字は衰退してしまったようで、町の看板は殆どハングル文字だ。ホテルは一流ホテルでフロントやボーイは日本語が通じたので特に問題は無かった。 食事の時が一番問題になったが、日本人の多い店は日本語のメニュー対照表などがあったので、それを使った。 コンビニは日本同様買うものを持ってレジに並べばレジを打って金額が表示されるので特に問題は無い。 ファーストフードは英語で、「○○バーガー ワン アンド コーク」とか言えば通じる。 気候 3月中旬から4月上旬までは、晴れの日が多いが、朝晩は寒く氷点下まで下がった。昼間は暖かく、4月に入ると上着が要らない日もあった。日本では仙台あたりの天候だろうか。 ホテル 今回の出張では某大手電機メーカーの工場で作業を行ったため、この工場の近くのホテルに宿泊した。場所は忠清南道の温陽温泉で、住所としては牙山市になる。ソウルと大田市の中間地点といった感じか。古くからの温泉地で、昔は皇帝などが湯治に来た所との事なので、日本でいえば草津や那須のような場所なのだろうが、韓国では庶民は温泉に来る習慣が無いのか、それほど観光地という感じでは無かった。ホテル内には日本の温泉のように大浴場があり日帰り客も来ていたが、22時で終了なので、遅くまで仕事していた平日には入浴できなかった。庶民向けの銭湯も何軒か見かけた。 ホテル内では各部屋にLANが引いてあって、仕事でパソコンを持っていったので、メールやネットが使えた。テレビはNHKのBSと国際放送のNHKワールドが見られたので、特に日本の情報が入らないという事は無かった。なお、3月20日の福岡県西方沖地震はホテルでも感じられた。震度1だろう。 交通 日本ほど車は普及していないようだが、朝晩は通勤ラッシュがあるし、運転マナーはかなり荒い。車に乗れない人も多いようで、路線バスがかなりの本数、深夜まで走っている。鉄道は地方では特急、急行がメインなので、都市間の長距離移動用だ。毎日タクシーを使ったが、メーター通りに払っておけば問題無いし、チップも不要だ。料金は日本の半額から7割程か。深夜割増運賃は無かった。なお、自動ドアは無い。 車は右側通行。最初タクシーに乗ると違和感があったが、帰国後最初に車を運転した時に一瞬左側通行に違和感を感じてしまった。鉄道の国鉄は日本統治時代からあるので左側通行だった。 車は韓国の現代(ヒュンダイ)や大宇(デウ)、起亜(キア)製がほとんどで、日本車は見られなかった。(外国車は輸入制限があるらしい)しかし、現代のちょっと前の車は提携関係のある三菱の車そのもので、フォード・フェスティバや10年程前のスズキ・アルトそのものの車も韓国ブランドで走っていた。日本よりも高速道路網が発達しているようで、場所によっては最高速度は110km。日本に似たサービスエリアがあるが、100kmくらい走らないと次のエリアが無いようだ。 なお、韓国の鉄道に関しては、韓国鉄道旅行案内のサイトをご覧下さい。 付け加える事として、乗車券購入時には下車駅と乗車列車の終点駅の韓国語読みを調べておいた方が良いでしょう。 宮脇俊三氏 中学の頃に読んだ「時刻表2万キロ」以降、乗り鉄人生の師匠だと勝手に思い込んでいる。2003年2月死去。宮脇氏は国内、海外各地の鉄道に乗られているが、韓国の鉄道乗車記は「韓国・サハリン鉄道紀行」(文春文庫)に1987年に乗車した時の様子が収められている。この本は当然今回の出張に持っていった。当時から年数が経っているので、参考になったり、状況が違ったりしている。 |
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